Hi. Sul sul.

PCゲーム『The Sims 4』のプレイを纏めるブログ。

シムズ観

お椀に入った水に墨や絵の具を数滴垂らして変化を眺める遊びってありますよね。
あれでできる模様はどれも綺麗だったり面白かったり(以下この記事内では、これを「美しい」とします)で、いつまで見ていてもちっとも飽きません。
何なら時折棒で突っついたり、別の色を落としたりして楽しんだりしますよ。

私は、Sims4はそれと同じだと思っています。
セーブデータはお椀の水、シムやオブジェクトは色、行動は模様です。
ただの設定やデータの塊でしかない存在が他の存在と交わり反応して、更に模様や色を生み出すのを見るのが、そしてこちらからちょっかいを出し弄ってみるのがとても楽しい。

その起点、つまりこれから水に落ちる状態の色となるのが、データ開始時に作るシムであり、先に存在しているデフォシムたちなのです。
やはりデフォシムは格が違います。私が作るシムよりもっと良い色としてはじめから用意されている。先程の例えでいうなら、私のオリジナルシムが手作り絵の具で、デフォシムや公式ギャラリーシムは市販の絵の具でしょう。
そういうお椀の水を彩り美しくする一つの要素として、私は彼らを愛しているわけです。

そして、どんなに多くの種類の色を混ぜても美しい状態でいられる色水にも、やはりどうしてもその美しさを乱す不純物はあるわけです。(当然、それを乱れと感じるかどうかは人によります)
それが私にとっては幼児であり、不精者であり、その他今までブログで邪魔だ何だと言ってきた存在なのです。その時邪魔なものは何であれそこでは邪魔なのです。
勿論、その中にはまだ私が混ぜ方を分かっていないが故に邪魔に思っている色もあります。ケアロハ・マコアとかがそうです、たまたま今まで混ざった際の発色が悪かっただけ。きっと彼が居ることでより美しくなる色水はどこかにありますきっと。

といっても、水を汚す幼児や、悪目立ちして色を乱すシニアなんかは、いずれ他の色に溶け込んで気にならなくなる(=子供になる/死ぬ)ので私が直接手を下したりはしません。
「双子編」のアレはともかく、邪魔だからとそのシムを殺した状態で私がデータを進めたことがありましたか。ありませんよね。
普段の文句は「この色汚ねえなあ」とか「これ混ぜたのは失敗だった」とか言って延々と頭を抱えるアナログ絵描きの唸り声と同じことです。

まさか私がシムを人間と同等のものとして見ていると思っているなら、それは壮大な勘違いです。
シムはたかがあの世界で生きていることにされているだけのデータです。最初に言いましたが、良い色が出るというだけの絵の具です。Sims4という手の多い人形遣いが、まるで感情を持っているかのように自在に操っているただの物言わぬ人形です。

シムに画面のこちら側のそれと同じだけの命と価値があるとしか考えられない人で、私の考えをどうしても理解できないなら(理解だけで結構。共感し賛同までする必要は全くありません)、今すぐこの画面を閉じて自分の可愛いシムちゃんを愛でていれば良いのです。

 

さあこれが私のシムズ観です。

最近Twitterやインスタでシムのキラキラしたスクショやゴツい男性シムの絡み画像の評価が高い様を見るたび、「シムを作って人生を始まりから見守るだけの自分の遊び方は間違っているのかもしれない」と思っていました。(別に私への評価は無くて結構。そういう問題ではありませんから)
そこで頭にあった考えをようやく他人でも理解できそうな言葉にまとめてみた、というのが今回の記事です。

まあ私は天邪鬼な悪い奴ですよ。
ですがね、天邪鬼にも天邪鬼なりに脳味噌や心、感性はあります。
このブログを読んで下さる方には、そろそろそれを理解して戴きたいなと思ったんです。

 

「ブログ書いてるのは何故」と訊かれたら、その答えはこうです。

このゲームには正解はなく、人によって操作するシムも周りのシムも違いますよね。
そうなると、面白いことがあって他人に話したくなっても、まずシムの名前を言っても伝わりませんし、面白い理由を語るのにも大変な手間となります。
それはとても寂しい。折角自分に湧いた感情を共有できないわけですから。
そんな時そこまでのプレイを纏めていると、「ああまずこの記事見て」だとか言って説明が簡単になりますし、名前を挙げるシムがどんなやつかも相手に伝わります。
そのための道具として、ここで記事を書いているのです。